その日は、いつもに比べて客が多かった。
午前中に立て続けに3人の客が訪れ、そのどの客もが店主の差し出した宝石を手に取り、言い値であっさり購入していった。

この店で扱う宝石は、決して安くはない。

石の価値はそれぞれの宝石によって違う。
しかし、今日の客はいずれも貴石。

■12mmのブラックパールリングにメレダイヤの取り巻き、台座にはもちろんptのリング、¥248,000(税抜)
■ルビーの一粒石に同じ量のダイヤモンドを散りばめて、若々しく18金で仕上げられたペンダントトップ、¥298,000(税抜)
■しっとりと落ち着いた深いグリーンの美しいエメラルドリングは、もちろんプラチナの枠で更に気品を漂わせて、¥268,000(税抜)



だが、そのどの客達も、向かい合う店主の右後方奥に視線を彷徨わせているのが気になった。







Jewelry shop 4968 extra
■Green■









この店には、この日まで「ソレ」がなかった。
光を落とした店内は何時も殺風景で、だからと言って別に不自然なものではない。むしろ、相応しかった。

ソレがなくても十分居心地の良い空間を作り上げられた店内だった。

が、しかし。

「なぁ、…こんな薄暗い店内に観葉植物なんて置いて……枯らしてしまわないか?」
業者が身の丈ほどの大きなグリーンを数鉢置いて行った後、新一はぽつりとそう漏らした。

「大丈夫。それフェイクグリーンだし」
快斗はこともなげにそう言うと、それらを店の隅の方へと持ち去って行く。

「………?」

店内入り口から一番遠い、いつも新一が過ごしているソファセットの側にそれらを一列並べる。

そうすると、何時も快斗が使っている接客スペースからは緑のカーテンが出来てしまったようにしか見えなくなった。その景観は、あまりよろしくない。

しかし、そうすることで緑を置いたその向こう側は完全に遮断されてしまった。
つまり、常々新一がくつろぐ為だけに存在しているソファセットは完全に姿を隠したのだ。



その快斗の行動の真意を計りかねて暫し新一は考え込む。

その間に快斗は奥のキッチンへ姿を消すと、暫くしてからカップになみなみと注がれたコーヒーを二つ携えて戻ってきた。
差し出されたそれに気付いて、新一は受け取る。

「で。……なんであんな所に観葉植物なんて置いたんだ?」
カップに口を付けつつ尋ねる新一に、快斗はあっさりと答えた。


「だって、客がお前を見るのがイヤだから」




■■■





客の訪れない午後の店内。快斗は何時も接客に使用しているソファへと新一を誘うと座るように勧めた。

「なぁ、そこから何が見える?」
新一を何時も客がいる場所に座らせて、そう尋ねる。

新一は怪訝そうに眉を寄せつつも周囲を見回す。

しかし、コレと言って別に何が見えるというものはない。
カウンター脇からぐるりと視線を這わし、正面に座る快斗を見てから首を傾げた。

「そこから、何時も本を読んでいるお前が見える」
「そうか?……そんな風には見えないけど」
今は既にグリーンが置かれている為、その奥に何があるのか分からなくなってしまったが、それがなくても、あまりここからははっきりしなかった。

「いや、それが丁度良い具合にお前の後ろ姿が見える」

左斜め後方から見える新一の姿。僅かにのぞく項や、少し華奢な肩のラインが何とも言えず艶めかしく見え隠れする。
その場所に座る客の目線は、必ずと言って良いほど彼に注がれ、快斗の妬心を煽る。

彼のその姿を他人には見せたくないと思ってしまうのは、快斗の我が侭。
しかし、その気持ちはどうしようもないことだった。
だから、少しでも不躾な客の視線から新一を守ろうとしての行為が、このフェイクグリーンだったのだ。



「で、それだけの為に?」
快斗の想いとは裏腹な新一の反応に、快斗は少し肩を落とす。

「……新一、そういう言い方はないだろ」
「だってそうじゃないか。………そもそも、そんな事の為にわざわざ緑でスクリーン作る必要性なんてないだろ」
そんなに気になるのなら、新一に一言「もうここへは来るな」と言えば良いのだ。

「オレは、お前の仕事の邪魔をするつもりなんてないし、オレの所為で客が気になるんならもう来ないから」


「…………イヤだ」
ぽつりと呟く。

「何が嫌なんだよ」

「だから、オレの側に居てくれなきゃイヤなんだ」
側に居て欲しいけど、誰にも見せたくない。


望むのは、この場所が新一にとって居心地の良い場所であり続ける事だけだ。




「……フェイクグリーンのレンタルって結構高いんだろ」
ようやく快斗が何を言わんとしているのかを朧気ながらに察知した新一がぽつりと呟く。

「あ、それは平気。ホンモノの観葉植物より手軽だし、それに経費で落とすから」
にっこり笑ってそう言う快斗に、新一もしようがないな、というように苦笑した。








狭く古さを隠しきれない店内。だけど、その古さは重厚さを感じさせ、磨き上げられた店内は清潔に満ちている。

幾分毛足の長い絨毯。隅々を照らすことのなく抑えられた照明。そしてその熱で仄かに香り立つ自然の芳香に包まれた空間。

新一は思う。

この場所は、既に自分の家よりも落ち着ける場所。
その事はきっと快斗もとっくに気付いている。

でなければ、好みの五月蠅い新一がこんなに頻繁に出入りなどしていない。


ここは新一の数少ない、好きな場所の中でも最も『大切な空間』。



彼の好みを決定付ける最も大切なものは、その店主の存在であること言うことは、新一だけの秘密。

そして、新一の方こそが、常に接している女性客にちょっぴりヤキモキさせられていることなど……。



もちろん、彼には絶対に言わない。





Fin





NOVEL


2002.04.11(2001.06.01)
Open secret/written by emi

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