小さな願い
無駄のない動き。
彼は獲物を狙い────手中に収める。
それをポケットの中に隠して、身を翻し。
五月蠅い追跡をさらりとかわして、夜空に舞う。
三日月と星座がきらめく群青色の空の下。
彼は屋根に降り立つ。
この家に……彼の求める人がいるから。
「よう……今日は早かったな。───怪盗KID」
不機嫌そうな声で、貴方は言う。
「月が沈む前に……貴方に逢いたかったから」
月の魔力が、夜の精を従える事が出来るのなら。
その力を借りて、貴方をこの腕の中に包み込んで……連れて行きたい。
「ちょっ……おま……っ!」
抱き込まれた彼は、離れようと必死にもがくが、そう簡単に解けはしない。
「オレの所に来ないか────新一」
真摯な想いを込めた彼の言葉。
誰も知らない場所で、誰にも邪魔される事もなく2人で……。
────夢のような、己の願い。
けれど、答えは聞かずとも分かる。
彼はこの世で一番遠い存在。
求めても、求めても────縮まない距離。
「ふざけんな……!」
姿形は同じ。
まるで双子のように。
なのに、互いは別々の夢を見て、別々の道を歩む。
だから。
月が沈む前に……強引にでも連れ去りたいと願ってしまう。
嫌われたって、構わない。
彼を手に入れる事が出来るなら。
彼の一部だけでもこの手に掴む事が出来るなら───。
「お前となんか……行けるかよ……」
絞り出されたそれは、拒絶の言葉。
なのに言葉とは裏腹に、その口調は何処か物憂げで寂しくて…。
「新一………?」
胸の中で呟く彼の声に、キッドは眉を寄せた。
探偵と怪盗───それだけが、二人を分かつものではない。
新一は、誰のモノにもならないし、他の誰とも行く事はない。
それは、聞くまでもない、当然の答え。
彼の人生は、彼だけのものだから。
そして、キッド自身だってそうだった。
たとえどんなに彼を愛していようとも、自分だって新一のモノにはなりはしないから。
キッドはふと笑うと、彼の顎に手を滑らせた。
戸惑う瞳に微笑みを与えて、その口唇にやさしいキス。
柔らかな口唇。ずっと、ずっとこのままで。
願わくば、その月が沈んでも。
夜の精が姿を消しても……。
次第にキスに夢中になる新一のポケットの中に、今晩の獲物をそっと滑り込ませる。
それと同時に一枚のカード。
これを読んだら、絶対気障な野郎って思うだろうな。
自分でもそう感じるんだから、仕方がない。
それでも告げずにはいられない。
群青色の空、月が姿を隠せば星が降り始める。
このまま姿を消したとしても、せめて月が沈むまでの間くらいは己の事を思って欲しい。
そんな小さな願いを込めた一枚のカード。
どうか、そんなささやかな望みが叶えられますように。