Love each other
探偵が泥棒を追い詰めるなんて、考えただけでも興奮する。
しかも相手は世界に名だたる大怪盗で。そんな第一級の犯罪者を捕らえる事がもし出来たなら……。
想像するだけで、熱が上がる。
昂揚した頬は、夜の冷たい風をもってしても鎮める事は出来ない。
あの冷静ぶった、人を小馬鹿にしたような嫌味な顔を窮地に追い込んでやりたい。
そして、探偵に捕らえられる瞬間の情けなく項垂れる様をじっくり拝んでやりたかった。
新一は無意識に喉を鳴らす。
想像するだけでゾクゾクする。
もう少し。後数分もすれば、この想像が現実になるのだ。
探偵は怪盗を捕まえて、警察の前に引きずり出す。自分の手で逮捕してやれないのは残念だが、真っ先に彼の悄然とした表情を見ることが出来るのなら、まあそれでも構わない。
この身体が薬の所為で退行していた時から、あの犯罪者を手に取る事を望んでいた。
最後には、あの男と対抗する為に元の姿に戻りたいと強く願ったほどに。
あと少し。もう少し……!
冷たい風が吹く、夜のビルの屋上で、天空には銀盤の月。光をたっぷりと地上に注いで。
まるで今宵の月は、探偵を祝福しているようではないか。
工藤新一は、口の端を吊り上げた。笑うというより、それは少し危険な微笑。
そしてヤツは来る。此処に敵が構えている事など気付かずに。
月夜に降り立つ白い影。新一の目の前で、その姿は晒された。
まるで、探偵の存在などものともせずに、その堂々とした登場の仕方は、いっそあっぱれな程だった。
新一の笑みは益々深まる。
「こんばんは、名探偵。今宵は珍しい場所でお会いしますね」
慇懃無礼に腰を折って、優雅に挨拶。
相変わらず、己の優位を誇示したやり方だ。
「これはこれは、月下の奇術師殿。今宵も無事に目的の宝石(いし)を手に入れられたようで何より」
大仰な仕種で、相手の態度に合わせてやる。すると泥棒は楽しそうに笑った。
「ああ、やっぱり今夜はツイている」
「……?」
「仕事をする日は天気が良いに限る。夜風は冷たいが穏やかで飛行するには丁度良いし、警備網も相変わらずの杜撰さで、軽く警察相手にからかって、それでも予告時刻に悠々間に合った。宝石はもちろん本物で、盗った後もう少し相手してやろうかと思ったけど、何となく気が進まなくて、そのままここまで来た。そうしたら、思いがけない人に出会えた。……今夜の私はツイている」
新一は、相手が何を言いたいのか理解らなくて、無意識に首を傾げた。
「だから、何言いたいんだ?」
「貴方のことを」
さらりと答えたKIDに、新一は益々理解しがたい表情をした。
今夜の泥棒は、何時もの冷涼とした雰囲気は影をひそめ、どこか柔らかな空気を纏っている。
この場にはそぐわない、不自然な風。
「貴方こそ、何を思っていらっしゃる?」
短い沈黙の後、今度がKIDが訊ねてくる。まるで、師が弟子に問うがごとく。
「そんな事は簡単だ。今この手でお前をとっ捕まえて、警察に引き渡す事だよ」
「なら、貴方も私の事を考えていらっしゃる訳だ」
同じですね?KIDはそう言って微笑った。
そうして……やっと、新一は気付いた。
相手のペースに乗せられている事を。
この男は、こうして新一の戦意を削いでいく。全く訳の分からない言葉を並べ立て、さも真実を告げるがごとく振る舞い、そして翻弄する。
この男の常套手段。最初から判ってる。
だけど、……何故それをかわせない?
「貴方が私の事を想っていてくれるなら可能でしょうね」
「何がだ」
「貴方の心を盗む事」
KIDはそう言うと、彼のマントがふわりと宙を舞った。
その時巻き起こった冷たい夜風が、何故か新一には、突然春風に変わってしまったかのように、柔らかで清々しく感じた。
頬を撫でるその風がどこか優しくて。
月の下に凛と佇み、こちらを見つめてくるその視線を目にした瞬間、───唐突に心をもぎ取られた。
「……───!」
訳が判らず、足元がぐらりとふらついた。突然起こった全く異質な感情に、無意識に胸を押さえた。
「……あ」
目眩を起こし、ふと、深い谷底に吸い込まれそうな感覚が襲い、身体が支えきれなくて力が抜けた。
とさり。
床と対面するはずだった身体は、重力に反して倒れなかった。暖かく……柔らかな腕の中。
「………何……!?」
目の前が純白に覆われて、それは月の光より眩しくて、視界がぐるりと回った。両足は完全に自身を支える事を放棄し、膝が崩れる。
「自己管理がなっていないようですね」
頭上から、からかいを含んだ声が降ってきた。朦朧とした感覚の中、新一は自分の立たされている状況が不安定なままうっすらと瞼を開ける。
見慣れた顔が覗き込んでいる。……あれは、自分だ。唐突にそう思った。
間近に見た怪盗の顔は、新一に似ていた。
その事実が何を意味するのか。新一は判らずに彼の裾を掴んだ。
「……何?」
怪訝に尋ねてくる声。引っ張られた上着の裾を解くことなく、何をしたいのか訊いてくる。
新一は、掠れた声で言葉を紡ぐ。
「お前を……捕まえて……」
「もう捕らえていますよ?」
くすくす笑って、そう答えてくる。
「け……さつに………」
「それはご勘弁頂きたいですね。……私は貴方だけに囚われていたい」
「……ん、な……都合のいい……」
「好都合はお互い様でしょう?……貴方は、私の全てを手にする事が出来るのですよ?───怪盗KIDの全てを、ね」
その囁きは風に乗って、新一の元に届いた。
とくり。と、心臓の鼓動が跳ねた。
はっきりとした意識を取り戻せない中。何故か新一の心は熱く反応していた。
同じだ。さっきと同じ感情。
ゾクゾクして、興奮する。頬が紅潮して、治まらない。
……治めたくない。
熱に冒されたような感覚は、何処か心地良い。
全てを手に入れたと、KIDは言った。
彼の全てを。
掴んだ指先が更に力がこもる。
「捕まえた……お前を……だ、から」
離さない。
そう口唇を震わせる新一にKIDは満足気に微笑した。
「ええ、そうですよ。名探偵」
くすりと笑って、悪戯っぽく応え……。
「その代わり。……貴方の全ても私のモノですから、お忘れなく」
KIDはそう宣言すると、彼をきつく抱きしめた。
まるで、魔法にかかったかのように。
かたり、と小さな音がして、窓が開く。
白い影が大切な宝石を抱きかかえ、室内に足を踏み入れた。
手頃な場所から侵入したキッドだったが、丁度良い具合に視界の先に寝台が見えた。
キッドはそのままベッドの側まで歩み寄ると、その上に彼を横たえる。
スプリングの効いたベッドの上に沈み込むと、新一の口から吐息が漏れた。
開けたカーテンの隙間から、月の光が零れている。今夜は満月。
完成された美しさを誇るように輝いていた。しかし、次には欠けてしまう不安を含んでいる。歪に欠け、歪に膨らみ、その繰り返しの到達点が満月ならば、今夜の月は美しい。
微かに降る月光を受けて、新一の身体が仄かに浮かび上がる。
キッドは、彼の頬にそっと指を滑らせた。
白磁のような滑らかな肌。しっとりと柔らかく息づいている。
「……ん……」
キッドの愛撫に反応したのか、新一は小さく呻いてうっすらと瞼を開けた。ぼんやりとした瞳で天井を見つめ、視線を泳がせて傍らに佇むキッドに気が付いた。
「………ッド」
億劫に口を開いて彼の名を呼ぶ。
「気が付きましたか?」
指を頬に触れたまま、優しく問いかけた。その響きは痺れるように甘さを含んで。
モノクルが月の光に反射して鈍く光った。その輝きを厭うかのように新一の瞳は閉じられる。そして、小さな吐息。
「……オレ……何で此処に……?」
「私がお連れしたのですよ。突然意識を失うから、少し心配しましたけど」
大した事、ありませんよね?言葉に笑みを含ませて、訊いてくる。
「……たりめぇだ」
「良かった」
嬉しそうに笑う。
「何が、良いんだ……?」
「だって、折角ここまで貴方を運んだのに、何もせずに帰るなんて、そんな情けない事出来ませんから」
思考の突き抜けた台詞をさも当然の様に吐いて、キッドは笑う。
その言葉に新一は一気に意識を覚醒させると、大きく目を見開き、彼に視線を向けた。
「────お前、何言ってる!?」
「言葉通りですよ。……だって」
貴方の全てを頂きたいですから。
「魔法をかけてあげますよ」
短い沈黙を振り払うかのように、キッドは囁く。
「……ま、ほう?」
「そう。……貴方の理性を眠らせる魔法」
意味のない倫理観や道徳観は邪魔なだけ。
今の新一には不必要で。そしてキッドも。
ジャケットの胸ポケットからポケットチーフを取り出して、枕元に置く。
そこから、微かな香りが立ち昇っていく。
ミルラとイランイラン。
心の深い部分の緊張を解いて、意識を昂揚させる。
怖れや不安を和らげで、その甘い香りに酔いしれる。
解放すれば良い。心も身体も。
弛緩しきった身体。
キッドは彼の口唇に触れた。そっと優しくキスをして。
だけど彼の吐息を感じて、次には深く重ね合わせる。
力無く開いた口唇に舌を差し入れる。暖かくて柔らかな口腔をまさぐり、その奥に潜むモノを絡め取る。
「……っ…ん…」
躊躇うように応え始める、新一の舌。じっくりと愛撫すれば、自らのものを絡めてもっと深く欲しがり始めた。
戸惑いがちにおずおずと、新一の両手がキッドのジャケットを掴む。
それを感じて、キッドは含み笑いを漏らした。
「……どうせ掴むのなら、背中に回せよ」
名残惜しげに口唇を離して、耳元で囁きかける。吐息が耳朶にかかって、新一の身体がぴくりと跳ねた。
首筋に口づけて、きつく吸い上げる。すると、白い肌に深紅の花が鮮やかに散った。
その皮膚の薄さにキッドは少し眉を寄せて、今度はそこを労るように嘗め上げる。
新一の腕は、彼の背中に回り縋りついた。キッドが施す愛撫に身体を震わせる。その無意識の反応が、キッド劣情を強く煽った。まるで誘うように開かれた口唇。麻薬のような甘美な吐息が漏れて、それが堪らない。
首もとを指でくいと広げて、ネクタイを緩めてやる。そのままするりと解いて、シャツのボタンを外していく。
新一はぼんやりとその様を眺めていた。何をされているのか理解できていないような、曖昧な表情で。
外したシャツの間に入り込み、口唇と舌で愛撫すると、新一の腕が背中を離れ、彼の髪に添えられた。まるでその先を促すかのように、軽く掴んで。
「……んぁ……」
シルクのようなきめ細かい肌を滑る度に、か細い喘ぎが零れた。その声が、キッドの耳に心地良い。
更に刺激を与えたくなって、止まらなくなる。……止まらないのは、その声に煽られている自分自身なのだが。
胸の彩りにそっと触れると、一瞬息をのむの音が聞こえた。しかし気に留めることなく、そこを舌で転がす。唾液をたっぷり乗せて、淫らになぶる。
するとすぐに反応を表してぷくりと立ち上がり、キッドの舌を楽しませた。舌を尖らせて突(つつ)くように刺激を与えると、びくり、と新一の身体がのけ反った。
その押し殺さない素直な反応が愛おしい。
僅かな月の光に照らされて、艶めかしく朱に染める新一の肢体が浮かび上がる。
これは、甘やかな媚薬のような身体だと思った。
キッド指先が巧みに入り込み、新一の熱に触れ、そっと包み込むと、彼の身体に電流が走った。痺れるような感覚の中に息づく、淫らな欲望が頭をもたげる。
「はぁっ……あっ…ん」
新一の押し殺すことなく紡ぎ出される喘ぎに満足しつつ、キッドの指が更なる快楽へと誘うように、緩慢に扱く。新一は、与えられる愛撫に素直に腰をくねらせた。
「……あ……キッ……ド…っ」
「イイ?……気持ちイイ?」
握り込んだ熱。掌を動かすと、ビクビクと反応し、指で扱くと質量が増していく。
「新一のココ……気持ちイイって言ってる」
「……あぁ、あっ……」
「もっと、もっと……って、せがんでるよ?」
腰を揺らして声なく欲しがる新一の身体。キッドは満足そうに口元を歪めると、指を外しそれを口に含んだ。
「────!」
咄嗟に逃げようとした新一の腰を掴んで押し止め、ねっとりと舌を絡ませていく。
深く味わいたいのを堪え、キッドは先端だけを咥え舌を回転させながら優しく刺激する。舌の表と裏を交互に嘗め押し付けると、新一の身体がひくりと強張る。
そのまま焦らすように飲み込んで、ゆっくりと頭を上下して往復する。根元まで含んで、軽く歯を当て吸い上げる。
「いゃぁ、っ──!」
新一の両足が淫らにシーツを掻き分ける。耐えられないと言うように間欠的に呼吸を繰り返す新一に、キッドも自身の腰に熱が集中し始めたのを自覚した。
解放前に身悶えする新一をゆっくりと離して、その先端に音を立ててキスをする。
「最高に気持ち良くさせてやるから……もう少し我慢して」
聞き分けのない幼子をあやすかのようにそう囁いて、新一の頬を撫でる。快感に我を忘れた表情(かお)した新一は、そんな小さな刺激にすら身体を震わせる。
「キ…ッド…、や……早くっ……!」
達かせて欲しい。と、新一の口唇が形取る。
「ダメだよ、新一。……一人で達くなんて、許さないから」
縋る新一をかわして、キッドの指が新一の先端の先走りに濡れた滴りを絡め取る。震える新一の口唇についばむようなキスをして、指をそっと後ろに滑らせて、キッドが最も渇望して止まない場所に静かに差し入れた。
「……つっ!」
朦朧としていた瞳が新たな刺激に見開かれる。その反動で涙が一滴流れた。
「──……な、に……!?」
「大丈夫……傷付けるつもりはないから」
驚きを隠せない新一を安心させるように応えながら、キッドの指はゆっくりと奥へと侵入する。
息を詰める新一の呼吸を促してやりながら、それに併せて指を動かしてやる。ゆっくりと入れて、ゆっくりし引き抜く。その繰り返しを根気良く続けてやると、次第に新一の身体から強張りが解かれ、キッドの動きに合わせるように腰が揺らめき始めた。
ぐっと指を一番奥まで入れて関節を曲げると、今までにないくらい激しく新一の身体が反応した。
身体をヒクつかせて、縋るように見つめてくる。
「好いの?……ココが?」
軽く圧迫させると、途端に甘い声を上げた。キッドは笑うと、そこを重点的に責め立てる。強く優しく、リズムをつけて刺激する。
「んっ、あ…あぁっ……!」
荒い呼吸に混じる吐息。しどけない姿。
「……新一、欲しい?」
意味深に囁いて。
「……な、に……?」
「ココに、オレの、欲しい?」
くい、とねじるように擦り上げて。新一の口元がわなないた。
「………しぃ……」
瞳を滲ませキッドを見つめてくる。せわしなく動く新一の胸は甘やかに色づいて。
投げ出されていた腕が、キッドの首にしなやかに絡みつく。
「キッド……ほし…ぃ……全部」
無意識に行う、その仕種、その言葉がキッドを煽る。満月の光り輝くビルの屋上で最初に見(まみ)えた、あのきつく鋭い眼差しが、今は蕩けるような妖艶さで、キッドを誘う。
互いが、もうこれ以上耐える必要はないのだと確信する。
指を引き抜き、両足を抱え上げる。ふと新一の顔を窺うと、恍惚とした表情でキッドを見つめている。
キッドは、欲望と愛しさが混じり合った瞳で、新一に微笑みかけた。
ふわり、と。すると新一は、華のような微笑みを浮かべた。
「新一……好き」
「……ん。……オレも……」
好き。
全てを委ねて、新一は呟いた。
「あぁ、あっ……んんっ……」
快楽と享楽に溺れた顔は、艶めかしくて淫らで、美しくて。
官能と愛情が入り乱れて、大切に抱きたいのか、欲望に溺れたいのかキッドには判らなくなる。
新一の身体の中に全てを押し入れて、その熱い内部に焼かれいてる。
腰を引こうとすると、まるでそれを許さないかのように新一の内壁がキッドの熱に絡みつく。
離さない。……そう宣言するかのように、両足を腰に絡ませ、引き寄せる。
「あぁ、あっ!」
深く突き入れ、蹂躙する。新一は背中を大きく反らせてびくりと跳ねた。
突き上げられ、揺さぶられ、それでも手足はキッドに絡みついて離れない。
綺麗に反らせたその喉元に、口唇が吸い寄せられた。かみつくように口づけて、吸い上げる。
「ぁ、あっ──!!」
一際強くしがみつき、身体が跳ねた。限界を超えた新一の熱が腹部にその迸りを撒き散らす。
と同時にキッドを締めつけている内壁がそれまでにない位に強くきつく締めつけて。
新一の解放に数瞬遅れて、キッドもその熱い身体に全てを注ぎ込んだ。
枕元から香るイランイランの香りが、甘くエキゾチックに室内に漂う。
「……インドネシアだっけ」
「何……?」
シーツの上に身を投げ出したままの新一が、ぽつりと呟いたのを耳にして、キッドが起き上がる。
「結婚式に花びらを撒く風習がある、っていうやつ」
「正確には、新婚初夜のベッドに、だろ?」
式を挙げた二人が一夜を過ごすベットには、かの花をまき散らす美しい風習がある。
イランイラン。
マレーシア語で”花の中の花”と呼ばれ、昔から催淫剤として使われてきた。
魔女が造る惚れ薬の最もポピュラーな材料の一つ。
「……じゃあ、ソレの所為か」
こんな事になったのは。と、言外に訊ねてくる新一にキッドは微苦笑を浮かべた。
「さて。……どちらにしろ、その気がなければ只の精油の香りに過ぎないさ」
薬を盛った訳ではないのだから、ソレを言い訳にする程の力はない。
「シャネル、ゲラン、ジバンシー……大抵の香水には必ず入っている。何処にでもある、ありふれた香りだよ」
「………ふん」
不機嫌そうに寝返りを打って、キッドを見上げる。その表情は、思った程悪くはなかった。
「何?……もっと欲しいのか……?」
からかいの中に過分な本気を入り混ぜて、キッドが囁く。
「そうだな」
夜明けにはまだ時間がある。今夜の月は朝日に追いつかれても、空に居座り続けるだろう。
新一の両腕がキッドに向かって、しなやかに伸ばされた。
首に回されようとするその手を取って、キッドは微笑う。
訝しげに眉を寄せる新一をかわして、指先にそっと口づける。そのままゆっくりと口に含むと、その指先がぴくりと震えた。
舌で丹念になぞる。指の甲を愛撫すると、殊更大きく指が震えた。
「……感じる?」
口に含ませたまま訊ねると、新一は陶酔した表情で頷いた。
その素直な反応に、キッドは満足気に頷くと、そのまま側面から指の腹へと舌を進める。
唾液を絡ませながら、一本一本をそうやって丹念に愛撫して。
最後に、とっておきの中指。
ゆっくりと指の付け根まで含んで、その間を舌先で刺激する。
舌を尖らせ、小鳥のくちばしのようについばんで、それから舌全体で嘗め上げて。
「───ぁっ!」
新一が突然痙攣したように身体を震わせた。咄嗟に腕を振って指を解放しようとする。
だが、キッドは手首を強く掴んで離す事なく中指を愛撫している。
「いや……、やっ……!」
必死になって振り払おうとする新一に、キッドは目を細めて含み笑いを漏らした。
「……な、…んで」
こんな所が感じるのだろう。と、新一の瞳が訴える。
「……何も、別に変な事じゃない。ココは指でも特に感じる部分」
爪の先から、ゆっくりと根元まで舌を這わす。
「あとは、ココ」
手の甲にしっとりと口唇を押し付け、浮き上がっている骨を辿りながら手首まで嘗め上げた。
「……っ!」
「結構、感じるだろ?」
羞恥に歪む新一の顔を見下ろしながら、嬉しそうに言う。益々頬を染める新一の口唇に、空気のような優しいキスを一つ落とすとすぐに離れた。
手首の内側を指で優しくなぞり、不安に揺らぐ新一に微笑みかけて、口唇を寄せる。柔らかいそこからゆっくりと肘に向かって辿り、その内側まで辿り着いたら、口唇だけで甘く喰んで、少しだけ強く吸い上げる。
それを合図にするかのように、キッドは空いている方で素早く新一の背中に腕を回した。そのままゆっくりと上体を起き上がらせつつ、その間に舌の愛撫は更に二の腕から肩先へと辿り着く。
背中に回した手を背骨に沿ってゆっくりとなぞると、ひくりと両肩が跳ね上がった。キッドが肩口に這わせていた口唇をそっと首筋へと向かわせると、新一は喉元を綺麗に反らせて、素直な官能を表した。
快感を引き出す為と言うより、愛情を深める為の愛撫。
ゆっくりと甘やかに痺れ震えてくれると、その愛おしさにキッドも歓びに震える。
首筋から耳にかけて、焦らすように嘗めて、吐息を絡ませて。
耳元に触れる前に軽く息を吹きかけると、彼は堪らないと言わんばかりにぎゅっと両眼を瞑ってしまう。
その仕種が妙にあどけなくて、キッドは思わず笑ってしまった。
微妙に感じる吐息にすら、身体を震わせている新一が可愛くて思わず抱きしめると、今度は途端にビックリした瞳で見上げてきた。
何一つ身に纏うものもなく、肌と肌が触れ合うと、そこから新しい感覚が生まれてくる。
耳朶の先を舌で軽く突いて、そのまま輪郭をなぞるように愛撫して、耳の後ろに噛みつくように口づける。
「く…っ……ふっ」
「新一……可愛い」
首筋をきつく吸う。
びくり、と足の先が引きつった。
「……ふ……はぁ」
「新一、……好き」
さっきよりも低く響く声で、キッドは新一に囁いた。その声に昂ぶるように、新一の口唇がわななく。
「新一は……オレのコト、好き……?」
指先が背中を辿り、感じる場所を拓いていく。繊細でいて大胆な動きに、それだけで新一の心は飛ばされる。
「新一……?」
「……ばーろ……んなコト、聞くな……」
さっきは素直に口に出来た言葉なのに、こんな風に訊かれると……堪らなく恥ずかしくて。
喘ぐ吐息に混じって、それだけ告げると、後は嬌声に取って変えた。
「んっ……」
新一が苦しそうに声を上げた。むせ返る官能に喉の奥が乾く。
キッドはまるでそれを察知したかのように、そっと口唇に触れ、深く重ね合わせた。
歯列を割って、舌を差し入れる。艶めかしい生き物のように、新一の口腔を這い回り、唾液が流れ込む。
それを上手く飲み込めなくて、口の端から雫が零れた。
「……ふぁ…」
甘く痺れる快感。
達したいほど強くなく、それでいて身体の奥に着実に燻る官能を煽る、キッドのキスと愛撫。
濃密な甘い感覚が、新一の身を侵食していく。緩やかに、生きながら喰われるように。
この後、もっと強い衝撃が来る事を、新一は知っている。
期待、している。
焦らすような、更に狂わされる為に施される前戯は、緩慢な毒薬のような甘さで新一を支配する。
意識が白濁して、視界が霞んで、目の前にいる男の顔すら判らなくなりそうで。
そんな新一の揺れる瞳にキッドがそっと指でなぞった。
「目を閉じて……見なくていいから」
視覚じゃなくて、身体で感じて。
囁きは低く甘く、艶やかで。
「キ…ッド……ぉ」
嬌声に一際艶を混じえて、キッドを求める。
濡れた睫毛が震えている。その瞼にそっと口づけて。
キッドは殊更大切に、まるで壊れ物を扱うような繊細さで新一を押し倒し、両脚をゆっくりと押し開いた。
されるがままに力を抜いた肢体が、キッドの欲を誘っている。
思わず喉が鳴った。キッドは既に滾りきっていた熱を新一の中へ性急に埋め込んでいく。
「ひっ…やだっ……!」
最初の一瞬に慣れない新一が、美しい顔を苦痛に歪めて声を上げた。
キッドの口唇が、彼の苦痛を和らがせるかのように、頬やこめかみに口づける。
全てを埋め込んで、暫くはそのまま内部を静かに堪能する。そうしている内に、新一の表情も苦痛からそれ以外のものに変わりつつあった。
「動いて良い……?」
訊ねると、新一の頭が小さく揺れた。それを確認と取って、キッドは律動を開始した。
「や……あっ……キッ……キッド……あっ!」
さっきの行為で知った、新一の感じる箇所を突き上げてやる。
途端に淫らに身体をくねらせて快感を表した。
そんな新一の媚態をもっと見たくて、彼の最も弱い場所を強く擦り上げる。
熱に冒された瞼が静かに開き、涙を溜めて拗ねるような瞳でキッドを見上げた。
新一は、その表情だけで、男を絶頂に誘う事が出来るのではないかと思った。
狂わされているのは、彼ではなくキッドの方で。
全てが彼の掌の中で弄ばれているような気すら感じた。
「キッ…ド……、もっと……して…っ」
しなやかに首もとに回される新一の腕。揺さぶられながら、強く引き込もうとするその動きに、キッドの理性が切れた。
腰の動きが激しくなり、無遠慮に最奥まで突き上げる。
「ひ…っあぁ……」
全身を激しく痙攣させて、新一は狂おしいほどの熱を一気に解放した。その衝撃に応えるようにキッドも全てを解き放つ。
せわしなく呼吸を繰り返す新一を労るように、優しく抱きしめて。
そうしたら、腕の中でくすりと吐息が零れた。
「しんいち……?」
口元に微笑を浮かべて喘いでいた新一が、キッドの声についと顔を上げる。
「お前の心臓。……オレと同じ速さで胸を打ってる……」
新一は満足気に呟くと、キッドの胸に顔を寄せた。
まるで互いの想いは同じであると云わんばかりの彼の言葉に、キッドは少し目を見開いて……その後、幸せそうに微笑んだ。
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1 : 2002.04.21
2 : 2002.05.11
3 : 2002.05.11