逢瀬





何故だか突然好きな人に逢いたくなった。
それはもう、本当に突然で。ふいに、彼の顔が浮かんで消えた。
その一瞬の逢瀬が悔しくて、もう一度思い出そうと一生懸命彼の事を考えるのだが、不思議なことになかなか彼の顔が浮かんでこない。

焦る。

こんなに、こんなに、好きだと思える人なのに、どうして浮かんでこないのだろう。
浮かんでこないのは、それだけではダメなのだと心が訴えている所為なのか。
ああ、そうかも知れない。だって、自分は彼の顔を思い出したいのではなくて、『逢いたい』のだから。


「……それで?わざわざ此処まで?」
夜半を過ぎた冬の空。風はきん、と凍った冷気を含んで彼等の頬を撫でていく。
ふわりと舞った純白のマント。その背景には、まるで彼と示し合わせたかのような、丸くて銀色に瞬いている月。

この季節、そしてこの時間。雑居ビルの屋上は人が居るには不適切過ぎた。


「……それが理由ではダメなのか?」
純白の装いの泥棒に、普段着の探偵は寒さなどモノともせずに逆に問いかける。

そんな陳腐な理由では、此処に来てはいけなかった?
もっとご大層な理由で無ければならなかった?

ぶっきらぼうな物言いの、その言葉の端に見え隠れする小さな戸惑い。
泥棒はしっかり見抜いている。


「とんでもない。──貴方から逢いに来てくれるなんて……それだけで私の心は満たされます」
軽く膝を折って一礼する泥棒に、探偵はようやく満足気な微笑を漏らした。

「警察は……捲いてきたのか?」
「当然です。……天地がひっくり返っても、此処に無粋な連中が割り込んで来る事はありませんよ」
「そう……」
なら、ゆっくり出来るよな?と、視線で問いかけられて、泥棒はとっておきの微笑で応えた。








冷えた屋上から、ホテルの一室に入るなりキスを仕掛けてきたのは新一の方だった。目の前のベッドまですら待てないと言うかのようにキッドの首にその腕をしなやかに回して引き寄せる。
衣服も外気に晒されていた肌も凍ったように冷たい。しかし二人は気にも止めなかった。

「ん、……んっ」
しっとりと重なった口唇はすぐに濃厚なキスに変わる。舌の絡まる濡れた音。それが更に快楽を引き出していくかのように体温が上がる。
互いにぴったりと密着した身体。疼いて堪らないと言うかのように、新一が腰を強く擦りつけてくる。

何時もは、仕掛けるのはキッドの方だ。慎ましいのが美徳だと言わんばかりの恋人をその気にさせるのは、楽しみではあるけれど、寂しくもある。
しかし今夜は彼にしては珍しく激しく求めてくる事に、キッドは満足気に微笑んだ。

キッドは彼を抱き寄せたまま、ベッドの上にもつれるようにして雪崩れ込む。
「あ…キッ……!」
「新一……、焦らないで」
二人がこうして逢うの久しぶりだ。しかし、夢中で貪りたいと思う気持ちを抑え付けて、キッドはあやすかのようにそう囁いた。

既にキス一つで熱に冒されていた新一が不満そうな瞳でキッドを見つめてた。そんな彼の表情に押し流されそうになりながらも、ぐっと堪えて微苦笑で応える。
「折角の久しぶりの逢瀬です。……じっくり贅沢に戴きたいと思うのは私の我が侭ですか?」
甘い声で囁いて、新一の目元にキスをする。そのままゆっくりとこめかみへ、頬へ、そして口唇へ。
彼の薄い唇を舐めるように味わう。もっと深く交じりたいと焦れて差し出す新一の舌を笑ってぺろりと舐めてそのまま離れた。

「……っ、……ッド!」
「慌てないで」

キッドは自分のペースで、彼の喉元へと舌を這わし、それと同時に彼のネクタイを解き去った。留められていたシャツのボタンを一つ二つと外しながら、口唇はそのまま鎖骨の方まで降りてくる。そして、時折強く吸い上げて、彼の身体に紅く淫らな華を咲かせた。


辺りに口唇を彷徨わせ、紅の華を散らせている。

「あっ……くっ…ん」
「相変わらず、新一の声って色っぽくて耳に心地良い」
小さく笑いながら、焦れったくなるくらいの緩慢さで新一の衣服を乱していく。ジャケットもシャツも袖を通したままで、しかしボタンは全て取り払われて、彼の、人より少し色の薄い綺麗な身体が姿を現した。

キッドの掌がゆっくりとその身体を這い回る。彼の胸の敏感な部分を掠めると、一際高い喘ぎが漏れた。
薄く綺麗に色づいた小さな果実をキッドの舌が捕らえると、更に甘い嬌声が上がる。

「新一……気持ちイイ?」
だけど、この程度で満足されたら困りますよ。

ぷくりと立ち上がった小さなそれを舐め摘みながら、キッドの指は縦横無尽に這い回る。
気まぐれのように、指を下肢に滑らせると、新一のソコは既に苦しそうだった。
「あ…キッ、…も……早く……っ!」
押し付けるように腰を浮かすその扇情的な姿に、嫌が上にも煽られる。

そんな彼の媚態に、キッドはあっさりと忍耐の二文字を捨て去った。








「あぁ、…くっ…んんっ」
「スゴク熱い……こんなにも濡れて、吸い付いてきますよ、新一」
両足を大きく広げられ、新一はキッドの身体を受け入れていた。押し入ると同時に絡みつくように身体の奥へと迎え入れた新一の顔は愉悦に歪んでいる。

下肢の全ては取り払われているものの、上半身は身に纏ったままだ。対するキッドの方もほとんど衣装に乱れはない。

「本当は……もっと、ゆっくり楽しみたかったのにね……」
あんまり新一が淫蕩にねだるから、性急に繋がりを求めてしまった。
一際深い場所まで捻じりむ熱に、新一の身体が大きく跳ねる。
「こんなに私を締め付けて……もう終わりにさせたいのですか……?」
「キッ……ドぉ……」
「ダメですよ、そんな腰を動かしても。もっともっと欲しがってくれなければ、私は満足出来ませんよ」
口調は甘く優しいままで、しかし冷酷に告げると、再び深く腰を進め新一の最奥を深く抉る。
「ああっ…、や……も、苦し…っ…キッドっ」
脚を持ち上げられたまま伸し掛かられているのが辛いのか、新一の声が跳ね上がった。しかし、キッドはそんな彼を無視して容赦なく何度も突き上げる。
気が狂いそうになる程揺さぶられて、喘ぐ声がひっきりなしに上がった。

キッドの肩を抱いていた新一の腕が、下肢へと伸びる。ほとんど愛撫らしい愛撫を与えられなかったソコは、しかし大きく育ち欲望に濡れ滴っていた。
更に強い快感を引き出そうと無意識の内にそこに触れようとする。しかし、そうする前にキッドの手によって押し止められた。

「ダメでしょう?……新一は真っ先にココに私を欲しがったの、忘れたのですか?」
折角、ソコにもたっぷりと愛してあげようとしていたのに、それを無視したのは新一自身でしょう?

意地悪くそう言って、彼の腕をシーツに縫い止める。

「あ……キッド……っ!」
泣きそうな表情で訴える新一に、しかしキッドは怯まない。
「何?……後だけではイケない?」
折角、私が新一の中、いっぱいにしているのに?それだけでは不満?

「キッド、お……がいっ、触……っ……!」
「ホント、我が侭な人」
困ったモノだと眉を寄せるキッドの演技に、夢中になっている新一は見抜けない。零れそうな程いっぱいに涙を溜めた潤んだ瞳で縋るようにキッドに懇願すると、彼は仕方ないと言うように首を竦めた。

キッドが、震える新一自身にそっと指を絡める。途端にそれを待ちわびていたかのように、キッドを包み込んでいる新一の中が更に締め付けてきた。

キッドの長くしなやかな五指が彼を追い立てるように扱き始めると、もうそれだけで新一の先端からは透明な雫が溢れ出した。
指に絡むそれが厭らしい音を立てる。
「あ、んんっ……イイ……っ!!」
新たに与えられた快楽に、新一の顔が益々淫蕩に色づいていく。

キッドは指で新一自身に愛撫を施しながら、強く締め付けてくる彼の腰をモノともせずに更に激しく突きまくった。
ひっきりなしに上がる淫らな嬌声。それは次第に切羽詰まったものへと変化していく。
「あっ……あ、もう…も、……!」
引きつった声を上げて限界を告げる新一にキッドも頷く。
「……私も、新一……!」

そうして、二人は同時に頂に駆け上がった。
新一はキッドの掌を淫らに濡らし、キッドは新一の身体の奥へ解き放つ。

最初の解放に満足したのか、身体の力を抜いて白いシーツの上にその身を投げ出す新一だったが、キッドを飲み込んだままのその場所は、まだまだ彼を離そうとはしなかった。
久しぶりの逢瀬。そして、身体の交歓。


まだまだ満足出来ないと、キッドは掌で受け止めた新一の飛沫をぺろりと舐めた。
「ばっ……!何舐めてやがるっ!」
てっきり余韻に浸っているのかと思いきや、新一がキッドのその行為に顔を赤らめて抗議してくる。
「いえ、久しぶりですから……つい」
キッドの方は別段気にする風もなく笑って、指先を舐めた。
「……っ!!」
見ていられなくて思わず顔を背ける新一に、キッドは相変わらず微笑っていた。
一度解放した所為で徐々に理性が戻り始めていた新一ではあったが、しかし身体の方はそうはいかない。
相変わらずその身にキッドを受け入れたままの身体は、更に欲しがるかのように蠢いている。

「……いい加減……抜け…っ」
嫌がる素振りを見せる新一にキッドは余裕綽々の表情で笑う。
「嘘吐き。……身体はまだまだ欲しがっているようですが……?」
軽く腰を押し付けると、途端に甘い喘ぎ声が漏れた。
「は…あ、……んんっ」
「ホント、正直なカラダ」
くすくす笑いながら、彼の身体を組み敷していく。朱に染まった潤む眼で再び己の身体を蹂躙しようとする恋人の顔を睨み付けるが、その瞳の奥には淫靡な悦びが見え隠れしているのをキッドは見抜いていた。

「ほら、もっと素直になって」
子供をあやすように囁きながら、その動きには労りの欠片もない。
激しく強く何度も突き上げられて、新一の熱も再び急速に駆け上がっていった。

「あっ…そこっ…あぁっ……んんっ」
「何?……ここがイイの?」
強く敏感に反応を示したその場所を、キッドが執拗に突き上げる。何度も押し入りそして引き抜くその繰り返しに、繋がっているソコはまるで悲鳴を上げるかのように淫らな音を奏でた。
キッドは、先程自らが放ったモノが溢れてくるのも厭わずに、恋人を何度も淫らに踊らせる。
「キッド……!……も、ダメ……っ!!」
「……新一…!」
苦しげに喘ぐその口唇にキッドは強引に口づけた。激しく口内を掻き乱し、そして大きく腰をグラインドさせて、一気に追い上げる。

「っ、んんっ……っ!!」
舌を絡めながらも上がる喘ぎなど構う事なく、キッドはより深く口づける。耐えきれなくなった新一の身体は激しく震え仰け反り、快楽を迸らせた。と同時に、新一はキッドから放たれた熱が身体の奥深くに叩きつけられるのを、頭の奥で感じつつ意識の手綱を手放したのだった。








キッドはぐったりと力をなくした新一の身体をぎゅっと抱き締めたまま、心地良い満足感の中を漂っていた。
彼の汗ばんだ前髪をしっとりとかき上げて、その露わになった白い額にそっと口づける。行為の最中とは違う、これも至福の時。

キッドも新一も汗とその他で決して気持ちの良い身体とは言えなかった。暫く経つと流石にそれを不快に感じ始めたのか、新一の眉が僅かに寄り、その後緩やかに覚醒した。
「……気付きましたか?」
穏やかな物言いは慈しむような愛情を内包して、新一に囁くように問いかける。この声の響きが心地良いのか、新一はうっとりとまた瞼を伏せて、小さく頷いた。
くっ、と新一の掌がキッドの胸の辺りを掴む。着込んだままのスーツが皺になるが……そんなもの、既にもう皺くちゃだった。それは新一も同じ事。

「シャワー、浴びますか?……身体、気持ち悪いでしょう?」
「……ん」
小さく返事すると、ゆっくり瞼を押し上げる。恋人の顔を間近に見た新一は、ほんの少し恥ずかしそうに身じろぎをした。

まだ一人で起き上がれない新一をキッドの腕が支え起こす。素直にそれに従っていた新一だったが、次第に思考が正常に回復し始めると、相手の服装を見て僅かに顔を顰めた。

「……何でお前、服着てんの?」
そう言う自分もボタンは全て取り払われているとはいえ、衣服の袖は通したままである。解かれたネクタイも首にぶら下がったままだった。しかし、相手の衣装は皺だらけではあったが、きっちり着込んだままである。
その事に多少の疑問を感じて、無意識に吐いた言葉だったのだか、それを聞いたキッドは苦笑した。
「貴方が私に脱がせる暇を与えては下さらなかったのではありませんか」
性急にコトを運びたがり、そうさせたのは新一の方だ。声の中に僅かな非難の響きを含ませると、新一は「そうだったっけ?」と言うように小首を傾げ、暫くの後、白い頬が薔薇色に色づいた。

「思い出した?」
「………」

まるでいたたまれなくなったと言うように、腕の中から離れようと藻掻く新一を易々と引き留めて、キッドは微笑んだ。
羞恥心と言うモノがどんどん戻ってきたらしい新一をキッドは更に強く抱き込んで、ふと、そう遠くない昔を思い出す。

「こうしていると思い出しますよね。……初めての時の事を」
「……え?」
「ほら、私が貴方の身体を初めて知った時も、性急で……服も脱がずに愛し合ったではありませんか」
うっとりと告げるキッドの回顧に、引きずられるように当時を思い出した新一は、しかしそれまでとは比べ物にならない程、顔を赤らめて喚いた。

「お、お前!……何歪んだ記憶回路もってやがる!!」
甘美な思い出として語るキッドに、新一は呆れるより、怒りと恥ずかしさで一杯になった。

「アレの……アノ時のアレの何処が『愛し合った』って言うんだよ!」
「おや、違いましたか?」
素でそんな事を訊かれて、益々頭に血が昇る。

「んな訳ねーだろっ!!アレはどう見たってお前の一方的な……!」
『強姦』と言おうとして、口を噤んだ。


そうなのだ。


この目の前の男は、……今でこそ恋人として新一の隣を確保しているが、当初は一方的な片道通行だったのだ。

もちろん、新一も根っからキッドを嫌っていた訳ではない。
友人、と言うには憚られる、探偵と怪盗の関係ではあったが、好意は抱いていた。
警察を翻弄し続けるキッドの行く末を心配したり、早く彼の捜し物が見付かれば良いと心から願っていたくらいには、相手の事が好きだった。

しかしキッドは、そんな純粋な新一の好意をあっさり打ち砕き、強引に恋人の座に着いたのだ。

自尊心をかなぐり捨てて、泣いて叫んで許しを請うても、彼は最後まで手を緩めなかった。
途中で意識を失った新一が再び気付いた時は、硬いコンクリートの上でキッドに抱きしめられていた状態で……。

結局、一人では満足に動けない新一をキッドは自宅まで送り届け、その後うやむやの内にこんな関係に落ち着いてしまっていた。

判ってる……新一も最初からキッドの事が好きだった事くらい。でなければ、彼の強引な告白にほだされる訳がない。
いくら、恋愛経験が未熟であっても、そこまで脳天気じゃない。



「新一?」
思考の奥に沈みかけた新一をキッドの声が引き上げる。
新一は不機嫌ながらも赤い頬のままで恋人の甘い顔を見ると、僅かに肩を落とした。

ああ、こいつ全然判ってない。

内心の溜息を押し隠しつつ、だけど新一は微苦笑を浮かべた。


「そういうお前も好きなんだよ」
澄み切った蒼い瞳に微笑を湛えて、わざと肩を落としてキッドを見上げるような形を取った。この角度からが、彼は一番弱いのだ。口元にもうっすらと微笑を浮かべてやると、目の前の恋人が呆けた顔になって、動きがピタリと止まる。

「しばらくそうしてな」

意地悪く彼の頬に指を滑らせると、駄目押しのように無邪気でいて蠱惑的な微笑みを一つ。
と同時に、タイミング良く彼の腕からするりと抜け出し、息をのんで固まったままの恋人を残してそのままバスルームに姿を消した。

それは新一の小さな意趣返し。


新一のその、可憐とも妖艶とも見て取れる微笑を絶妙な角度でマトモに受け止めた彼が再び意識を取り戻すまでには、キッドでもってしても、今暫くの時間が必要なのであった。





NOVEL

2003.01.29
Open secret/written by emi

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