工藤新一の蒼い星






外から見た新一の星は、とても綺麗なコーンフラワーブルー。
しかし地表は、まだまだ不安定だ。

小さな星の大部分は、真っ赤な溶岩がドロドロ流れ出してたり、とても高温の湯が空高く吹き上げていたり。
なので、この星には、まだ命というものが生まれていない。
新一はこの星自身なので、この星で生まれたとは言えない。星と一緒に生まれたのだ。
宇宙の星々は、こうして生まれ、生き続けている。何百万年、何十億年と。


この小さな星の、ほんの小さな一角に丘がある。
そこだけは、新一が住む為に綺麗に整備した場所だった。
柔らかな緑の草に覆われた丘に、冷たい水。綺麗な空気に蒼い空。

新一は、この小さな丘の角っこに、慎ましやかな家を建て、そこで一人暮らしている。
もちろん、今も一人で暮らしている。

しかし、今までと一つだけ違う所があった。
それまで、この星で生きている者は、新一一人だった。しかし、あの日からもう一人、流離人が住んでいる。
彼は、新一の家とは丁度反対側にシンメトリーな家を建て、そこで暮らしている。
この星でたった一つの、唯一のお隣さんである。

お隣りさんと言っても、新一の家から隣家を窺う事は出来ない。
お隣りさんと言っても、新一の視力では、彼の家を見る事は出来ないからだ。
星の規模からすれば、この丘は本当に本当に小さなものではあったけれど、もしこの二本足を使って隣家に赴こうとすれば、きっと何日も歩く事になるだろう。それ位の距離が、二人の間にはあったのだ。
けれど、家と家を阻む物は何一つ無く……だから、どんな離れていても、二人はお隣同士なのだ。

新一が星を亡くした流離人をこの星に招いたのは、もちろん彼が大好きで大好きでたまらなくて。ずっと傍に居続けて欲しかったから。
だから、同じ星の下で居られる事が、今の新一は何より嬉しい。

大好きな読書をしている時も、隣の家に彼が居ると思うだけで嬉しくなって、思わず顔が、にんまりとなってしまう程だ。
ああ、もう幸せで幸せで堪らない。

逢いたいと思えば、何時だって逢いに行ける。
二本足を使って隣家に赴こうとすれば、何日も歩く事になるが、新一は飛ぶことが出来る。流離人のような羽はないが、それでも星々の間を渡り歩く程度の事は出来るのだから、隣家に飛ぶのなんて、ほんの数瞬だ。

読書しながら、くるくると彼の事ばかり考える。
「……逢いに行こうかな」
そう声に出してみると、益々彼に逢いたくなる。

よし、逢いに行こう。

そう決心して、ぱたん、と本を閉じた時だ。

とっても軽やかに、玄関の呼び鈴が響いてきた。





「こんにちは、新一」
すっ飛んで玄関の扉を開くと、そこには新一の想い人の姿があった。

「キッド!」
新一は喜色満面で、彼を招き入れる。
「今日は、これがとても美味しく出来たので、お裾分けに来ました」
そう言って、バスケットの蓋を少しずらしてみせる。
「ベリータルトだ」
実の所、新一は、特に甘い物が好きではなかった。が、彼はかなりの甘党だ。お陰で、いつの間にか新一も甘い物に強くなった。
「一緒にお茶しましょう、新一」
にっこり微笑むキッドに、新一は大きく頷いてキッチンに向かった。

お湯を沸かしてお茶を入れて、取り皿と、カップボードから二客しかないティーカップを取り出して用意する。
日当たりの良いテラスにテーブルを出して、心地よい風を受けながら二人は椅子に腰掛ける。

「今日も良い天気ですね」
「ああ。この丘だけは天候調節してあるから」
丘の外は、相変わらず灼熱地獄だ。小さな星の様々な場所は、過酷な環境であるには違いない。
この小さな丘だけが、二人が心地よく過ごせる場所だ。

「オレも、もう少し成長すれば、もっと気持ちの良い場所を広げられるんだけど」
「二人で過ごす分には、今のままで充分ですよ」
ゆっくり生きましょう。 と、そう言われ、新一も素直に頷く。

二人でゆっくり生きられれば、それだけで幸せだ。
もちろん、遠い遠い辺境の惑星に住む美和子のように、沢山の生命体を生み出したいな、とは思う。しかし、それは、まだまだ先の事。何十億年も先の話だ。
それまでは、二人きりで過ごしたいと、新一は思った。

キッドが持ってきたベリータルトは、ほんの少し甘さ控えめで、とても美味しい。
ちゃんと新一の事を考えて作ってくれたのだと思うと、益々美味しくなる。

「お味は如何ですか?」
「うん、美味い」
ふんわり、優しい風が吹く。若葉色した下草がふわふわと揺れた。

「何か、オレばかり色々貰ってばかりで悪いな」
ふと、新一は独語する。
新一がキッドの家に赴くよりも、キッドが此処にやって来る方が断然回数が多い。その度に、キッドは何かしらお土産を持ってきてくれるのだ。
反して、新一は何時も手ぶらで訪問する。もちろん、それは相手の家を訪問するには些かマナーに反する事かも知れないとは思っているのだが、新一はキッドと違って、不器用だった。
もちろん、お菓子なんて、とても手作り出来ない。

何時も貰ってばかりで、心苦しいとは思っているのだ。


「オレも、何かお返ししなきゃな」
「そんな、お気遣いなく。私は、自分がやりたい事をしているだけなのですから。私が食べたいから、お菓子を作っているだけなんですよ」
「でも、ちゃんとオレにもくれるじゃないか」
しかも、しっかり新一用に甘さを控えて。

「私はね、新一。新一と一緒にお茶したいだけなんです。二人でお茶を飲んで美味しいケーキを食べて、幸せな時間を持ちたいだけなんです。そんな私の望みを貴方はちゃんと叶えて下さっているのですから、気にしなくても良いんですよ」
ティーカップを取り上げて、キッドはにっこりと微笑んだ。

新一は、キッドの笑顔を見ると、とても胸がどきどきする。この時も、そんな彼の表情に、心臓がトクトクと早くなった。


「でも、それ程心苦しいと言うのなら……」
キッドは、静かに席を立つ。小さな丸いテーブルの向かい側に座っている新一の方へと近付いた。

「何……?」
「立って」
戸惑う新一に、キッドはそう言って微笑む。新一は、意味も分からず立ち上がった。

小さく首を傾げ、キッドと向かう合うように立つと、キッドはにっこり笑って、新一の腕を優しく取った。

「私は新一が喜んで暮れればそれだけで満足なんですけどね。でも、それだけでは気が済まないと言うのなら、お礼してください」
「お礼?」
聞き返す新一に、キッドは頷く。

「お返しなんて必要ないけど、感謝の気持ちを態度で示してくれれば、それで良いですよ」
微笑みながらそう言うが、新一は内心少しだけ複雑な気持ちになった。

だって、新一は何時だってキッドに感謝してる。
この家に来てくれる事、お土産を持ってきてくれる事、傍に居て笑ってくれる事、新一を何時も幸せな気分にさせてくれる事。
そんな幸福感を、新一はキッドに対して隠しはしなかったし、彼だってちゃんと知っていてくれるものだとばかり思っていた。

それとも、感謝の表現が小さかった? 新一は、彼の前で決して不快な表情を見せた事はなかったのだが。……もしかして、彼を不安な気持ちにさせていたのだろうか。
もしそうなら、それは少し悲しい事だ。好きな人の気持ちを推し量れなかった、新一が悪い。

だが、そんな新一の心とは裏腹に、キッドはそっと手に取った新一の腕を静かに引っ張った。

僅か数歩しか無かった二人の距離が、キッドに引き寄せられて0になる。
新一は、胸の鼓動が早くなるのを感じながら、彼の胸におさまった。

「キッド……!?」
新一より、僅かに高い位置にあるキッドの顔を見ると、彼は満足そうに微笑んでいる。
「貴方が私に対して感謝したい時は、こうして触れてくれませんか」
「触れる……って、抱きつくのか?」
「感謝や親愛と言った情を表す行為ですよ」
「感謝、親愛……」
新一は、早鐘を撞く心臓を持て余しながら考えた。
抱擁してくれと、そういう事なのだろうか。

そう思った途端、体温が少しだけ上がったような気がした。それを紛らわすように、新一は両腕をキッドの背に回すと、ぎゅっと抱きしめる。

「……こんな感じ?」
熱くなった頬を見られないようにそう言うと、キッドもゆっくり新一の背に腕を回した。
「新一をこんなに近くに感じられて、すごく嬉しい」
傍に居られるだけで嬉しいのは本当。けれど、こうして触れ合うともっと幸せを感じてしまう。
それは、新一も同じ事だった。

「……オレも、嬉しい。うん」
ちょっと笑ってそう言って、暫くはじっと動かなかった。そして、心臓の音が次第に平常に戻るのを待って、ゆっくりと身を離した。

遮る物のない丘の上を一陣の風が吹いて、新一の前髪がふわりと乱れた。キッドのマントも、風に煽られはためいている。
丘の向こうでは、真紅の炎が柱のように吹き上げて轟音を響かせているが、遮られたこの地は、至って穏やかな午後。


二人はまた仲良く席に着き、白い小さな丸テーブルを囲んで、楽しい一時を過ごした。
この幸せは、ずっと続きます。










END








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2004.12.19
Open secret/written by emi

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