佐藤さんからの贈り物






新一が地球へキッドを探しに行って暫く経った、あの日の午後。
穏やかな丘の上で、新一はキッドとピクニックの真っ最中。

この星は、今はとても生命が誕生するような所ではないけれど、新一が住んでいる小さな丘だけは、毎日が初夏の風漂う爽やかさに包まれている。
今日はKIDがバスケットいっぱいにサンドイッチと焼きたてパンを持ってきてくれた。新一は、いつものように彼をぎゅうぎゅう抱きしめて感謝の意を表し、折角だから外で食べようと誘うキッドと一緒に、そよぐ風に新鮮な空気の中、思いっきり深呼吸した。

元々、新一達にとって「食べる」とは、娯楽のようなものだ。本来、彼等は食べなくても生きていける。只「食べる」というスタイルを楽しんでいるに過ぎない。
それでも、新一はキッドと一緒に食事するのは楽しかったし、それは相手も同様だろう。
意気揚々と屋敷を後にし、二人でずんずん歩いていく。
端から端までひとっ飛びも、二本足で歩けば広大な大地だ。どこまでも行っても、いつまで行っても、同じ風景が延々と続く。

「それにしても……何もない所だよな、オレの星って」
小さな丘には、実は木一本生えていない。延々と続くのは、緑の大地だけだ。
「目的地もなければ、楽しい風景もないなんて……つまらなくないか?」
まるで、キッドに飽きられるのではないと言わんばかりに、不安そうに訊いてくる。キッドは、彼の不安を打ち消すように微笑んだ。
「新一と一緒なら、何処だって素晴らしい場所になります。……それに、もし気になるようなら、何か作られたら如何です?丘の真ん中に高い塔なんてどうです。景観が変わって素敵かもしれませんよ?」
しかし、新一は少し表情を落として呟いた。

「何か、嫌なんだ……オレとキッドの間に何かを作るなんて」
新一とキッドの家は、この丘の端と端にシンメトリーに建っている。
その真ん中に塔を建てるなんて、何だか二人が寸断されてしまうような気がする。 と、小さく呟く新一に、キッドは何とも言えない気持ちなった。

その気持ちを有り体に言い換えてしまえば、つまり喜びなのだが。

どんな些細な物でも、二人の間を阻むのが嫌だという新一の純粋な思いが愛しくなる。


屋敷が遠く見えなくなった所で、二人はそこで食事にする事にした。シートを広げ、その上にバスケットと飲み物を入れたいくつかの水筒を置く。
新一は、そこに座り込むと、大きく伸びをした。
「何か、久しぶりにいっぱい歩いた感じ」
「新一は、少し運動不足かも知れませんね」
彼の前にミネラル水の入ったコップを差し出すと、新一は嬉しそうに受け取った。

「だって……なぁ。別に歩かなくても行きたい所には飛んで行けるし」
「滅多に屋敷からも出ないくせに」
くすくす笑って、自分の分の水をコップに注いでいるキッドに、新一はふてくされた顔で睨む。

いつだってキッドの訪いを待ち侘びている新一が、どうして外出など出来るだろう。

そこの所を判ってくれないかな。 と、新一は思いながら、コップの水をこくこく飲んだ。

頭上には、真っ青な空が広がり、所々にぽつんぽつんと綿毛のような雲が浮かんでいる。丘一面に広がる草は香草だ。穏やかな風がふわりと吹いて、足元を広く覆ってる下草を揺らすと、爽やかな香りが辺りに漂った。

キッドがバスケットからとりどりのパンを取り出し、シートに広げる。焼きたてのパンは、まだ暖かい。新一はそれを一つ手に取って、ぱくりとかぶりついた。
「美味い」
「良かった」
幸せそうに口を動かす新一に、キッドも幸せそうに微笑む。

「お前って、本当に手先が器用だよな。ケーキ作ったり、パン焼いたり……」
「結構食べる事は、嫌いじゃありませんし、どうせ食べるのなら、美味しい物が食べたいでしょう?それに、今は新一に食べて貰いたくて、腕を振るっているんです」
サンドイッチを手にとって、キッドは言う。新一は、別の水筒から、コーヒーを注いで、それをキッドの前に置いた。

「お前の作るものは、何でも美味いよ。オレも、お前と食べるのが好きだし、……否、食べることが好きになった」
今までは、精々喉を潤す為に水を飲む程度しか、体内に摂取する事がなかった新一だが、キッドが居ると、食事もお茶も頻繁になった。
それは、裏を返せば、それだけ沢山の時間をキッドと過ごせるようになった証明なのだが、新一はそれが嬉しくて堪らない。

今までは、本当に数える程しか会えなかったのだから。

「オレは、いつまでもお前と一緒に食事をしたいと思う」
「私も同じ気持ちですよ」
新一の言葉にキッドも嬉しそうにそう応えて、二人は幸せそうに笑い合った。











二人で綺麗に平らげて、そのまま仲良くごろんと仰向けに寝転がる。
止む事のない爽やかな風が、新一の前髪をふわふわと揺らし、そんな彼の髪をかきあげてあげたいな、と、キッドが内心思っていた時、ふいに空に一条の光が走った。
それは、ふわりと弧を描き、真っ直ぐこちらに落ちてくる。

星間宅配便だ。

気付いた二人が半身を起こすと、宅配便のお兄さんは二人を交互に見て、にこりと笑った。
「工藤新一さんと、キッドさん。佐藤さんからのお荷物お届けに来ました」
脇に抱えていた小荷物を差し出すと、キッドが受け取った。宛名には、ちゃんと二人の名前が記されている。

「ご苦労様」
キッドがサインして伝票を渡すと、宅配便のお兄さんは、またにこりと笑って「ありがとうございました」と元気良く頭を下げて、再び宇宙へと帰っていく。
その光を二人は暫く見つめていたが、ふと箱の中身が気になった新一が、キッドの手にあるものを覗き込んだ。

「佐藤さんからの荷物って……一体何だろう」
何か忘れ物でもしてたかな? と、首を傾げる新一に、キッドは首を振った。
「もしそうなら、宛名に私の名前があるのはおかしいですよ」
キッドの言葉に、尤もだと新一は頷き、それから渡された小包を興味津々見つめる。
思った程、重くない。

「ここで開けちゃ、ダメかな?」
一応二人にと送られたものなのだから、新一の勝手には出来ない。新一は、暫く考えた末、そうお伺いを立ててみると、キッドは頷いた。
「そうですね……私も中身は気になります」
ならば、と、新一はそれの包装を破がしに掛かる。

果たして、包みの中身は、生成り色した布だった。しかも、かなり大きい。広げると、新一の身体はすっぽり隠れても余りある程で、縦幅も横幅も同じくらいの長さ。
「何なんだ、これ?」
布である事は判るのだが、その使用方法が判らない。広げた布の端にキッドが触れる。その手触りに、彼は微笑んだ。

「リネンだね。しかも、かなり質が良いよ」
「リネン?」
リネンは、『亜麻』と書く。麻だ。麻と言っても、一般に使われている麻とは少し違う。
吸収性や通気性に優れ、水を含むと強度さも増す、丈夫な素材。
耐久性は、綿素材よりも遙かに長い。

「この感触だと、これはきっとピュアリネンだね。少し堅い感触は否めないけど、洗えば洗うほど、布には柔らかさが増して肌触りも良くなるし、汚れもとても落ちやすいから、身の回りに使う布製品で、リネンに勝るものはないと言われているんだよ」
「へぇ……」
キッドの説明を訊きながら、新一はその大きなリネンクロス?をぱたぱたと叩いてみた。

「で。……これは一体何に使うものなんだ?」
これで服でも作れと言う意味で送ってきたのかと思ったが、縁は綺麗に纏られていて、どう見ても、これ一枚で何か使えと言われている気がする。
首を傾げる新一を余所に、キッドは包みの中からカードを一枚見付けた。

カードには、一言。
『二人で仲良く使ってね』とだけ記されている。

キッドの手の中にあるカードに気付いた新一も、その文面を読んで唸る。
「だから、これは一体何に使うんだ?」
「……シーツですよ」
「シーツ?これが?……でも、ちょっと大きすぎやしないか?」
新一は自室のベッドを思い出すが、こんなに大きなシーツが必要なベッドではない。

「それに、『二人で使え』って書いてあるじゃないか。シーツは一枚だけで、どうして二人で使えるんだ?」
半分に切れとでも? と、頭を悩ます新一に苦笑する。
キッドは、シーツが一枚の意味を、何となく理解していた。……しかし、今の新一には、決して気付く事はないだろう。

そんな風に思いながら、キッドは些か乱暴に開けられた包み紙を片付けるべく引き寄せると、まだ何か厚みがある物の存在に気が付いた。

「……?」
怪訝に思って剥がしてみると、そこから茶封筒が顔を出した。開けてみると、別の中袋に沢山の亜麻色の粒が入っている。
「フラックスの種だ……」
「何だ?」
興味深そうに訊いてくる新一に、キッドは説明する。

「このリネンの原料となる花の種だよ。この種はそのまま食べる事も出来るし、オイルを抽出して使う事も出来るけど……多分これは栽培用だろうな」
「栽培?育てるのか?」
新一の問いにキッドは頷く。
「この植物の茎が、リネンの原料になるんだ」
「……つまり、自分達で栽培して布を作れ。って事か?」
何とも奇妙な顔して種を覗き込む新一に、キッドは微苦笑を浮かべた。

彼女は何枚かのリネンシーツを作るつもりだったのかも知れない。しかし、途中で飽きたか面倒になったか、仕立てたシーツと残りの材料を送ってきたに違いない。
彼女の性格ならば、あり得る事だった。


面倒そうに眉を寄せて、どうしたものかと唸っている新一。彼は、元々植物に興味も無ければ、リネンそのものにも関心は低いのだろう。
確かに、今まで使った事のない、只の布を贈られた所で、手放しで喜べるものではない。彼を喜ばせるのなら、手に入りにくい書物の方が断然良い。
しかし、折角の花の種。

「新一、これ蒔いてみよう。フラックスの栽培は、こぼれ種でも育つくらい簡単なんだ。それに背丈は1mくらいで、とても綺麗な蒼い花が咲くんだよ」

この丘はずっと下草で覆われているだけで、特に何もなくてつまらないって、さっき言っただろう?だから、少し色を添えよう。新一と同じ蒼い色だよ?

「ね?どう?」
「うーん」
悩む新一。その顔には、きっと育てるのはとても無理だと書いてある。

「新一、二人で何かをするって、楽しそうだと思わないか?二人で種を蒔いて、二人で世話をして、そして一面咲いた花畑を二人で見よう」
キッドの言葉に、新一の心がぐらりと揺らぐ。

「二人で……育てる、のか?」
キッドは頷く。

「なら……毎日一緒に世話出来る?」
「もちろん」
「毎日、オレの所に来てくれる?」
「はい。新一一人で世話なんてさせませんよ」
そこまできっぱりと断言されて、新一はようやく嬉しそうに顔をほころばせた。

「なら、一緒に育てよう」
にっこり微笑む新一に、キッドも楽しそうに笑って見せた。




キッドは思う。

おそらく、彼女の狙いは『リネンシーツでメイクした大きなベッドで、二人仲良く使いなさい』という意味を込めたのだろうが、そんな彼女の心の内など、新一は気付く訳などない。新一は、年齢こそ、キッドとそう大差ない、むしろ新一の方が早くに生まれているのだが、特殊な成長をしたので、その精神てきには、かなりアンバランスだ。
しかし、そんな彼がキッドは大好きなのだから、別に気にしなかった。どうでも良い事なのだ、そんな些細な事は。


だから、この幸せは壊れることなく、ずっと続いていくのでした。










END








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2005.05.01
Open secret/written by emi

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