リボン2







相変わらず鬱陶しい空気に包まれた夜。身体にまとわりつくような湿った空気が、今を梅雨だと告げている。
6月も半ばを過ぎた、とある夜。
日本一有名で、もちろん世界的にも名を知られている知名度抜群の怪盗は、この夜恋人の屋敷の前に居た。

「pm11:58……超ギリギリセーフ」
目的地である恋人の部屋の真下で時計を確認する。

怪盗の恋人は探偵だった。それも、とびっきり美人で。この国で最も有名で優秀な名探偵だった。
工藤新一。
彼は、紛れもなく怪盗キッドの恋人なのだ。
「……まだ、清い関係だけど」
キッドは一人呟くと苦笑した。

出会って何年?付き合い始めてから何度季節が通り過ぎた?
もちろん、それは毎日が幸福の連続だった。彼がキッドを想ってくれる、キッドが彼を想う、それだけで『幸福』という時間が積み上げられていく。そんな日々を2人は送っていた。
その中でも数分後の明日という日はキッドにとって幸福度数が何時もより大きく跳ね上がる要素を持っていて……つまり、キッドの誕生日。
恋人は、一般的には非常識とされる時間であっても、キッドが来ると喜んで迎え入れてくれた。
2人は、普通の恋人とはほんの少し違っていたので、太陽の下、腕を組んで歩いたり、仲良く映画やお茶したりと言った事は不可能だった。故のこの時間の訪いなのだ。
世間にとって非常識が、2人にとっては常識なのだ。

だから、今夜も彼は喜んで自分を迎え入れてくれる……。

キッドは嬉々として飛ぶと、彼の私室に繋がるバルコニーに着地した。
鍵の掛かる事のない窓に手を掛けると、それは静かに開かれる。キッドの身体がするりと室内へと入り込んだ。



室内はひっそりと静まり返っていた。間接照明すら付いていないが、外の光が室内をぼんやりとした光を注いでいる所為で視界を遮られる程の事はない。しかし、人の気配らしきものは感じさせず、外に比べれば幾分ましな乾いた空気が夜露に濡れたキッドの衣装を撫でた。
「……?」
キッドは立ち止まり、首を傾げた。
耳を澄ませば消音モードで空調が稼働していた。それは、人が此処で快適に過ごせるようにと設定されたもの。
この家の唯一の住人であるキッドの恋人がそうしたに違いない。
だけど、室内に明かりはなく、当の住人の姿が見えなかった。

……まさか、新一は帰っていない?
いや、そんな筈はない。キッドは以前から今夜の事について、口を酸っぱくして言い含めていたのだ。
それまでは、何時も新一の気持ちを第一に考えて、彼の負担にならないよう細心の注意を払って愛してきた。
そんなキッドが初めて言った我が儘。

──誕生日にはささやかで構わないので祝って欲しい。日付が変わった、その時に。

去年の誕生日、キッドは眠ったままの新一に出迎えられた。
それはそれで構わなかったと思う。彼は少し風邪気味で、それなら無理をして欲しくはなかったし、そもそも誰かさんの企みの所為でで超熟睡中だったのだから仕方がない。
折角真夜中に訪れたのにも関わらず、彼から祝福されなかったけど、翌日には元気になった恋人と甘い甘い1日を過ごす事が出来た。
あれはあれで、とても幸福な誕生日だった。

しかし、だからこそ、次の誕生日……つまり今年の誕生日には、是非出迎えて欲しかった。そして、彼の口からキッドへの祝福が欲しかった。言葉だけで構わないのだ。新一は滅多に愛の言葉は口にしない。キッドの言葉に、はにかみながら頷いて見せるのが精々で、それだって充分キッドを幸せに出来たけど、たまにはちゃんと言葉にして欲しい。

きっと『愛してる』は恥ずかしくて口にしてくれない。『好き』だって、難しい。
なら、誕生日の祝いの言葉くらい素直に言ってくれるだろう。

キッドなりに譲歩した、初めての我が儘。
そんな彼のささやかな要求に、新一は嬉しさと呆れの入り混じった顔で快諾してくれた。
「ちゃんとプレゼントも用意しておいてやるからな」なんて、嬉しい事も言ってくれた。もちろん、甘い物好きのキッドの為に当日は10号ケーキを用意すると張り切っていた。
それを聞いただけで、目眩がするほど嬉しかったのだが、あまりにも喜び過ぎた為か、恋人はキッドが単に甘いモノに惹かれたのだと勘違いしてしまい、誤解を解くのに少しだけ苦労したのを今でも覚えている。

キッドにしては珍しく念を押しまくっていたので、今年こそは新一に出迎えてもらえると期待していたのに。

「……どうして、居てくれないのですか」
小さな溜息と共に肩を落とし、切なげに部屋を一巡した。

と、その時。ふとかすかに衣擦れの音を聞いた気がした。
「……」
まさかと思い、窓の光の届かぬ場所に設置されているベッドの方に視線を向ける。──果たして捜し人は居た。
フェザーケットを頭まで被っている所為で、乱れた寝台としか意識出来なかったが、近付いてそっと伺うと、紛れもなくこの家の住人、キッドの恋人でもある新一が穏やかな寝息を立てていた。
寝ている彼を見るのは二度目だ。相変わらず、無邪気で可愛らしい。


しかし。

「……どうしてまたこの日に眠ったままで出迎えられなければならないんだ?」
去年もそうだった。でも、去年は仕方がなかった。
だって、新一は風邪気味だったし。
だけど、まさか今年も『風邪気味なので、早めに就寝』と言う訳ではないだろう。流石にそうなら、新一の体調管理に難あり、だ。
もちろん、無理してでも起きて待っていて欲しいなんて思わないが……だけど。

キッドは、彼が被っている軽いフェザーケットをそっと捲ってみた。
着ていたのはやはりパジャマだった。キッドはそれを確認してがっくりと肩を落とした。

つまり……これはやっぱり「単に待ち疲れてうたた寝」とか「ちょっと横になって待っていよう」とか、そういうのではなくて、明らかに「おやすみなさい」なのだ。

今日という日が何を意味するのか、キッドがどれだけ楽しみにしていた事を知った上でこの行動なら……少しぐらい拗ねても責められないだろう。
至極残念そうな表情で、人の気も知らずにすやすやと眠っている新一を見つめる。

……ちょっとくらい目覚めてはくれないだろうか。

キッドの指が、新一の絹糸のような黒髪にそっと触れた。
しかし、反応はない。
キッドは少し考えて、もう一度前髪をかき上げてみた。

その時、ふと新一が身じろぎした。そして、フェザーケットから頭を出した新一にさらりと流れる「それ」にキッドは気付く。

「……?」
新一の首元に何かが波打っていた。
それは、細く長い布。何だろうと何気なく触れてみると、その肌触りはベルベットを思わせる。気になってその細い布の先を指で辿ってみた。

それは、リボン。

幅も厚みもたっぷりあるそれが新一の首をくるくる巻いて、歪にチョウチョ結びされていた。

「な、何で……こんなモノが?」
訳が分からなくて首を傾げるが。……しかし、すぐに思い当たった。

「まさか、またあの女史の企み……?」
キッドは、去年の誕生日の夜をまざまざと思い出していた。

隣に住む科学者に一服盛られた新一は、昏々と眠り続けた。その時に彼は、無防備にも彼女によってその手首に優雅なラッピングリボンを掛けられたのだ。
もし、あの時企みに気付かなかったら、キッドは嬉々として新一を食べていたに違いない。……勝手に同意の上だと判断して。

キッドは、今でもあの時の事を思い浮かべると肝が冷えた。
幸いにも、その翌日の出来事が幸せいっぱいだったから、幸福な誕生日として素晴らしい思い出とはなっているが、一歩間違ったら『最悪のバースディ』になっていたかも知れないのだ。

よく見るとそのリボンは、おそらく去年彼が手首に巻いていたものと同一種類のもののようだ。……なら、間違いなく、隣家の女史が施したに違いない。

が、それにしても、と思う。
「首に巻くのは、非常に危険ではないだろうか」

何かの拍子に首が締まったりしたら大変だ。只でさえ意識がないから、どうなるか判ったモノではない。
「朝目覚める前に窒息死、なんて事になったらどうするんだ、女史」
もしそうなってしまったら、彼女は責任取ってくれると言うのだろうか。例えどんな責任取って貰おうが、キッドは絶対に許しはしないが。

キッドは隣家の科学者には、何の恨みもない。それどころか、新一が全幅の信頼を置いている相手だから、それなりに敬意を感じていた。
しかし、今は沸々と怒りのようなモノが、腹の底から沸いてきそうだった。
「許しませんからね。男の寝込みを襲って、こんなモノ巻き付けるなんて!」
キッドは苛々しながらも、新一の首もとに手を掛けて、その長いリボンの端をしゅるりと引っ張った。容易に解けたそれを、眠っている新一を起こさぬように、慎重に首から外してやる。

リボンを解き終え、その思ったよりも長かったそれを小さくまとめながら、キッドはほっと息を吐いた。
これで、安心して眠ってもらえる。

キッドはそう思うと、今夜は諦めるように微苦笑を漏らし、眠り続ける新一の髪に、そっと口唇を落とした。
「お休み、新一」
朝、目覚めたらちゃんと祝って貰おうと、心の中で考えてキッドはベッドに背を向けた。
階下にはゲストルームがあるのを知っている。ひとまずそこに向かおうと扉を向かおうと足を踏み出した時だ。

「……おい」
一瞬、幻聴が聞こえたような気がした。
思わず足が止まる。しかし、すぐに思い直した。
「まさかね」
熟睡している筈の恋人が、こんな時間に起きるはずがない。何よりこの企みが隣家の住人によるものなら、今年の新一もきっと何か飲まされているに違いないのだ。
新一は、キッドの前だと無防備な所を見せる事もあるが、基本的には人の気配に敏感だった。いくら彼女が信頼されていると言って、よもや首にあんなものを巻き付ける事が出来るなんて、意識を失っていた時でもなければ不可能だ。

だから、さっきの声は都合の良い幻聴だったのだと勝手に判断して、再び歩き出そうとした。
しかし。

「……おい、待てよ」
今度の幻聴は、先程よりも幾分力のある響きだった。……確かに空気中を振動して伝わってきた。
キッドは勢い良く振り返った。

「……新一?」
さっきまで横たわっていた筈の寝台の上で、新一が身体を起こして座り込んでいる。掛布が肩口で引っかかり、少し皺になった濃紺のパジャマ姿をキッドの前に晒していた。
キッドは恋人の姿をしっかり確認すると、その顔に喜びと驚きを同時に表現しながら、足早に彼の元に駆け寄った。

「新一、お休みの所を起こしてしまいましたか、すみません。でも嬉しい。貴方が起きてくれて」
常になく喜びを表現するキッドだが、それに対して新一の表情は暗い。
「……新一?よもや、体調が良くないのですか?」
なら、無理は禁物だと言わんばかりに、新一の両肩に手を掛けて、ベッドの上に寝かせようとする。
「すみません、うるさくし過ぎですよね。…ゆっくり休んで下さい。明日の朝には良くなっているように」
反応のない恋人に、いつものキッドなら不審感を募らせるのだが、今夜の彼はやはり浮かれていたのだろう。彼の少し不自然な態度に気付かずに、ベッドの中に無理矢理押し込んで、フェザーケットを掛けてやる。
新一は、されるがままだった。

「私は階下のゲストルームを使わせて戴きますね。……今夜は帰りたくありませんし、構わないでしょう?」
取り敢えず了解を取ろうとしたのだが、対して新一は無言でじっとキッドに見つめるだけだ。……だがそれは、見つめると言うより、睨み付けると言った方が相応しいような、少し険のある表情だった。
キッドも、ようやくその視線に気付く。
「何処か具合でも……?」
思わず額に伸ばしたキッドの指を、新一は煩わしげに払い退けた。その乱暴な所作に、キッドが目を見張る。

「新一……?」
キッドが止める間もなく、新一は掛布を跳ね上げて起きあがった。何が起きたのか、一瞬判断出来なかったキッドはその場で固まる。

どうして、彼はこんなにも負の感情を自分にぶつけてくるのだろう。

「……お前、頭良いんだから……判れよ」
「え?」
「察しろよ。……これくらい」
最初は怒ったように険を含んでいた新一の瞳が、次第に躊躇うように揺れ始めた。
「察する……って」
その寝起きの色香に惑わされそうになりながらも、内心頭を振ってその沸き上がる感情を抑えつつ、ベッドの上に座り込んだ新一を見つめた。

不機嫌なのは判る。でも、それは睡眠を邪魔された所為だけではないようだ。新一は恋人に対して、そこまで心は狭くない。

「新一?」
「誕生日おめでとう」
戸惑うキッドを余所に、新一がぽつりと言った。
「……え?」
「だから、誕生日!今日はお前の誕生日だろうが」
確かに、日付が変わったから、既に今日は6月21日だ。

「あ……ありがとうございます。嬉しい」
ようやく理性を取り戻し、キッドは嬉しそうに微笑んだ。何かよく分からないけれど、彼はちゃんと祝ってくれたのだ。
それだけで、キッドは満足だった。

「で、それでな」
「はい?」
「プレゼントなんだけど……オレ、一つしか用意してなくて」
「……?私に贈り物をして下さるという気持ちだけでも充分嬉しいのです。その、私は強欲じゃありませんし」
まるで一つじゃ不満だと思われているようで、苦笑するのだが、新一の方は至って真剣だった。
「コレ断られると……オレ、他にやれるモンねーから……」
真摯な瞳の奧に大きな戸惑いを押し隠しているかのように、キッドを見つめてくる。
「新一から貰えるものでしたら、髪の毛一本でも宝物になります」
大真面目に宣言するキッドに、新一は決心したように、大きく息を吐いた。

「キッド」
「はい」
「じゃあ、受け取ってくれ」
「はい?」
何を?
「……オレを」

「……はい?」
「だから、リボン掛かっていただろ、……オレに」
ふいっと視線を逸らし、消え入るような声で呟く新一に、それまで機嫌良く応対していたキッドの態度が……凍った。
笑みを湛えたまま、まるで生きた銅像に凝り固まっている。

「……キッド?」
新一の伺うような声に、キッドの瞳が瞬いた。

それにしても。
未だ嘗てこんな醜態を恋人の前で晒した事があっただろうか。
キッドは、呆然と目を点にしたままの間の抜けた顔で、新一を見つめた。

「……は?」
「は?じゃねぇーだろう!?やるって言ってんだ、受け取りやがれ!」
キッドの反応の焦れったさに切れかけた新一が、半ばやけくそになって言い放ったのだが、当の本人は未だ上手く頭が回らない。
……何というか……幻聴?
とてつもなく、自分に都合の良い台詞が聞こえたような気がするのだが。

新一が、キッドに誕生日プレゼントをくれるという。
それにはちゃんとリボンが掛かっていて……事情を知らないキッドは既に解いてしまったけれど。
でも、そのものは自分へのプレゼントであって……それが工藤新一?
彼自身?


「えーと……、するとつまり新一は……タチアナ・ロマノヴァ?」
かの女スパイは、シーツにくるまり、首にベルベットのリボンを巻いただけの姿で、英国情報部員を誘惑した。キッドの脳裏に映画のワンシーンが思い浮かぶ。
「でも、……服は着ているんですね」
「……っるさいっ!」
些か間の抜けたキッドの言葉に新一が真っ赤になった。明かりをつけていない室内ですらはっきりと朱に浮かび上がる頬に、彼はようやく全貌を理解し始める。

つまり、新一はロシアの女スパイで、キッドはイギリスのスパイなのだ。

「そうか……。何も身につけていなかったら、私もそれなりに貴方の思う所が理解出来たかも知れないのですが……」
「そ、そんな恥ずかしい真似出来るかっ」
大真面目で呟くキッドに、既にこれまでだけでも、充分恥ずかしい真似をしていると自覚している新一は喚いた。

そんな彼の態度に、今ここにある状態が、現実味を帯びてキッドに迫ってくる。
「……新一を、くれる。オレに、くれる。新一を」
くれるの?
と、何度もその単語を繰り返し、ぶつぶつ呟く。

未だに信じられない。
だって、あの工藤新一が『プレゼントはわたし♪』みたいな……。今時、誰もそんな手を使う女なんていやしない、まるで冗談みたいな事を、あの工藤新一が!

「冗談でした。……なんて言わないですよね」
「おっ、お前はっ!」
どうして、ちゃんと信用しないんだ!と、更に顔を赤くして喚き出す。

「だって、新一はそんな素振り、露ほども見せた事なかった」
「見せたら喜びが半減するだろ」
プレゼントとは、思いがけないものを貰うのが一番楽しいし、嬉しい物ではないかと言う恋人に、キッドは目を見開いて何度も瞬きした。

「でも、去年は失敗したから……今年は頑張ってみた」
「……はい?」
「だから、受け取れ。受け取らなかったら、オレは何もあげられない」
「……新一」
「それとも……迷惑?」
途端に自信なさ気に視線を落とす新一に、キッドは慌てた。

「迷惑だなんて、とんでもない!」
嬉しすぎて、これは本当に現実なのかと。信じてしまったら、夢から覚めるのではないかと、内心ヒヤヒヤしているというのに。

「なら、もっと喜べよ。……本当は、もう最初からオレはお前のもののつもりだったんだけど、何かキッドはそうは思っていないみたいだし」
声を落とす新一に、キッドは頭を振った。
「心は、ちゃんと貰っていたつもりだったんです。気持ちはまっすくに私の中に入ってきて、心地良くて。新一も、私の気持ち、ちゃんと受け取ってくれていたし」
「うん」
「新一の全てが欲しいと思わなかった事はないけれど。でも、新一も私も『物』ではないし。……それに」
全てを手にしなくても、キッドは充分幸せだったから。

時に彼の全てを欲して眠れぬ夜があっても、その切なく苦しく感じる事すら幸福で。彼から与えられる感情は、どんなものでも甘い蜜に変わる。

「オレも、今まで幸せじゃないと思わない時はなかった。お前が来ない日、胸の中にぽっかり空いた空洞に風が吹き込んでいる時ですら、そんな気持ちになれるのも、お前という存在があるからだこそと、そう感じられる事に幸せを感じてた」
一人で居る事の寂しさを教えてくれたのはキッドだ。時に、泣きたくなる夜もあるけれど、そんな気持ちにさせてくれるのも、彼が何よりも素晴らしい幸福を与えてくれるからこそ。傍に居てくれるだけで良い。傍にいられなくても、心が彼を想っているだけで、ほんのりとした幸福感が胸の中に広がるのだ。
だから、泣きたくなる夜はあっても、泣いてしまう夜は、未だ一度だってなかった。

「こんなにも幸せなのは、お前が居てくれるから。だから、お前にはもっと幸せになって欲しい」
「新一……」
「それに、オレだって、もっと幸せになれればと思っているし。だから……貰ってくれ」
そう言うと、流石に気恥ずかしさを感じたのか、頬を染めたまま黙り込んだ。

キッドは、ベッドの上に座り込んで丸くなったまま微動だにしない新一にゆっくり近付いた。
視線をシーツに落としたまま動かない彼の髪をそっと撫でる。すると、驚いたように、ぴくりと身体が小さく跳ねた。
「新一……ありがとう。一生大切にするよ」
今夜は最高の夜だ。
「だから、私も新一にあげます、全部」
新一をキッドに全部くれると言うのなら、新一もキッドの全てを受け取って貰わなければ。

「返品不可ですから。宜しいですか?」
「……んなもん。……返せと言われても、一生返さねーよ」
俯いたまま小さく呟く新一に、キッドは零れるようなような笑みを漏らし、その艶やかな黒髪に誓いの口づけを落とす。

キッドの手から、握りしめていたリボンが音もなく床に落ちるのと同時に、ベッドがギシリと軋んだ音を立てた。
そして2人は、夜明けまでの長い時間を、甘く染め上げて過ごしたのだった。





END





← 2002/6/21

NOVEL


2003.06.21
Open secret/written by emi

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